Japanese

Nothing
Something
Everything

Photo: NASA/Roscosmos

Nothing, Something, Everything

2020年3月6日夜、僕たち9チームのアーティストはNASAケネディ宇宙センター、ケープカナベラル空軍基地第40発射施設から5キロ離れた芝生の上に立っていた。その夜はロケット打上げの延期が懸念されていたほど上空の風が強かった分、いつもより空気が透き通っていた。夜空の向こうに星がキラキラと輝いて見えた。打上げ予定時刻45 秒前、「L.D., Go for Launch」SpaceXの発射指揮者が最終確認のゴーサインを出した。いよいよだ!今夜、飛ぶ!僕たちは今夜、飛ぶ!あと30秒…15秒…3…2…1…「イグニション(点火)!リフト・オフ!」

23時50分31秒、僕たちはSpaceX CRS-20 ファルコン9ロケットが雲ひとつない夜空へと飛び立つのを見守った。隣にいた人がその時どんな表情をしていたかきっと誰も知らない。9つのマーリン(ロケットエンジン)が放つ光線は「リフト・オフ」の掛け声と同時に光の扇子を開くかのように放射線状に夜空を照らしていく。それはまるで日の出が一瞬にして起きたかのようだった。ロケットがある程度の高度に達すると今度はエンジンの音と振動が身体に響いてくる。駐車場の車の防犯装置が一斉に誤作動をはじめ、警報音が鳴り響く。ロケットエンジンもそれに負けじと轟音を被せてくる。打ち上げから約8分が経過。まもなく日付けが変わるのを知らせるかのように役目を終えた第1ステージが地上に戻ってきた。着地の数秒後「ドンドーン!」とソニックブームが2度鳴り響き、歓声が湧き上がった。見上げるとドラゴン宇宙船を載せた第2ステージはもう夜空の星になっている。僕は瞬きをするのを忘れていたのだろう。乾いた目を擦っていた間にその姿を見失ってしまった。この宇宙船の内部には、僕たちが制作した18個のアート作品が搭載されていた。宇宙船は翌々日の9日、地球低軌道上のISS(国際宇宙ステーション)と結合。ISS離脱までの29日と48分の間に約1930万キロの距離を移動した。そして4月7日に大気圏再突入、太平洋への帰還を果たした。

Sojourner 2020 は米マサチューセッツ工科大学、メディア・ラボ宇宙探査イニシアチブと共同で2020年春に実施された国際アート・プロジェクトである。僕の3つの作品、Nothing, Something, Everything は2019年クリスマス・イブに誕生した甥、晟生(セイ)そしてこれからの未来を生きる全ての子供達に捧げる。

2020年9月6日
Masahito Ono

Photo: NASA/Roscosmos

アルス・エレクトロニカ 2020に際して

世界中がCOVID-19パンデミックの真っ最中にある2020年、残念だけれどもいつものように作品を見に来てもらうことはできない。だからきょうは、僕が宇宙に送り出した作品がどのような背景で制作されたのか、お話したいと思っている。僕たちは普段、自身の作品について一から十まで解説するようなことはしない。僕の場合、作品がひとつの決まった解釈しか持たなくなってしまう可能性を嫌うからで、言い換えればいろいろな解釈や気持ちを持ってもらえる可能性に作品の存在意義があると思っているからだ。しかし、きょうは制作途中に使用したリサーチ資料や自身の日記などを一部交えながら少し舞台裏の話をしようと思っている。今回の僕たちの宇宙プロジェクトはきっと、アートの狭い枠を超えなくてはいけない気がするから。この国際展の機会に、また世界が、人々が、国境を超えて交流しあえる日がすぐに訪れることを祈りながら、以下の文章を書くことにする。

まえがき

「月まではどのくらいですか?」と誰かが尋ねたとする。「平均しておおよそ38万キロです」という答えの他に「もうすぐ月に到着します」と返事が戻ってくる時代がくるかもしれない。そしてそれはそう遠くない未来のように思う。現代の航空宇宙技術は既にそれだけの進化を遂げているし、21世紀の宇宙開発ビジョンをもった民間人も出てきた。20世紀に人類が想像したサイエンス・フィクションの世界は、もうすぐ現実になりつつある。

人類はもうすぐ再び月へと向かう。今度は男性と女性がその地面を踏む。そしてその先に、人類は火星への有人宇宙飛行を目指す。 アポロ計画が終了したあとに生まれた僕らのような世代にとっては、宇宙開発が一段と重要性を増し、夢と希望に満ちた時代が訪れようとしている。 それと同時に、僕たちが何のために宇宙にいくのか、誰のためにいくのか、どうしていくのか、もう一度深く考えなくてはならない時代にいま僕たちは生きているのではないか。

僕たちは人類の為に宇宙に向かうのだろうか?それとも政治的な意図のために宇宙へと向かうのだろうか?正解はわからない、だけど考えてほしい。他の惑星に着陸した時、パスポートは必要だろうか?宇宙空間では誰の法に守られ、誰の法の裁きを受けるのだろうか?宇宙旅行会社は特定の国籍の乗客を搭乗拒否するだろうか?指紋は採取されるのだろうか?時差はあるだろうか?言語は?お金は?僕たちは宇宙に富裕層と貧困層の姿を見るだろうか?特定の人種や国籍が優位に立っていたりはしないだろうか?男女は地球上と同じように恋に落ちて、愛し合うのだろうか?人類は愛しあえるだろうか、それとも無関心のまま人を傷つけ合うだろうか?

人類が多惑星生命体になったとしても、人間の本質というものはきっと変わらないであろう。いままでの時代に完璧な世の中など存在しなかったように、完璧な未来などやってはこない。僕たちの世の中も、人類も、ずっと未完成。だからいつもそこには理想の追求という推進力があって、理想とは異なる現実が存在するのだと思う。なにもかもが、永遠に未完成。僕は宇宙の未来を、未完成な僕らだからこそ、みんなが一緒に考えなくてはいけないと思っている。そうしないと誰かがいつの間にか決めてしまう。僕にとって宇宙の未来を想像することは、大きな夢を見るために朝目覚めることができる喜びでもある。

SpaceX CRS-20

国際宇宙ステーション補給ミッション

3.6.2020:米フロリダ州ケープ・カナベラルから打上げ
3.9.2020:ISS(国際宇宙ステーション)にドッキング
4.7.2020:ISS離脱、大気圏再突入、太平洋に着水
ISS滞在時間:29日間48分
累計ミッション経過時間:31日間13時間59分

Photo: A SpaceX Falcon 9 rocket lifts off from Space Launch Complex 40 at Cape Canaveral Air Force Station in Florida at 11:50 p.m. EST on March 6, 2020. Credit: NASA/Tony Gray and Tim Terry



SOJOURNER 2020

無重力、月重力、火星重力

Photo: Sojourner 2020 loaded with all artists work and integrated for operation. Credit: Xin Liu, MIT Media Lab Space Exploration Initiative

Sojourner 2020

アーティストでエンジニアの刘昕(リウ・シン)がデザインと開発を手掛けたSojourner 2020の母体装置は、本体が100mm x 100mm x 152.4mmで内部は三層構造になっている。無重力空間に到達したあと上層は無重力がそのまま維持され、中間層と下層はそれぞれの異なる回転速度から発生する求心加速度を利用して月重力と火星重力とが再現されている。ひとつの層には最大で6つのポケットが搭載できる。

作品をポケットに納めていくリウ・シンと動作確認の様子 (無音、00:51). Credit: Janet Biggs
米ヒューストンでの最終インテグレーションの様子 (無音、 00:47) Credit: Xin Liu, MIT Media Lab Space Exploration Initiative
音響テスト中のRISDES Credit: Ariel Ekblaw, MIT Media Lab Space Exploration Initiative
アーティスト

Janet Biggs (米国)
Levi Cai & Andrea Ling (米国 & カナダ)
Erin Genia (米国インディアン部族)
Luis Guzman (チリ)
Adriana Knouf (米国)
Kat Kohl (米国)
Xin Liu & Lucia Monge (中国 & ペルー)
Masahito Ono (日本)
Henry Tan (タイ)



NOTHING, SOMETHING, EVERYTHING

パリの空気、パリ協定、ロンギング・アンド・ビロンギング

Photo: A Sojourner 2020 pocket in Paris France. Credit: Jonas Cuénin

Nothing, Something, Everything (2020)

大野の作品は、未来の地球環境や、そこでの我々の行動を想像させる。無重力空間に持ち込まれた円柱形のマグネットは、地球低軌道上ISSの位置に関わらず、地球の北磁極・南磁極を指し示し、我々人類が地球に属することと、我々の遥か宇宙への憧れとを同時に表現する。筒状に丸められた、主に冷戦時代に使用されていた超微粒子スパイフィルムには、2016年パリ協定や、米国が同協定離脱を発表した地球環境に関するドキュメントが写真記録されており、ボイジャー計画で人類が宇宙に送り出したメッセージよりも膨大な、我々の「今」に関する情報を宇宙へと送り届ける。そして最後のコンテナは空っぽ。ただそこには第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)の舞台、パリで大野自身が採取した1ccのパリの空気が閉じ込められている。大野の作品は、比喩的に未来の世代や地球外生命体へと向けられている。その行為を通して、現代と対話しようという試みになっている。

Photos: Jonas Cuénin

フランスのコロナウイルス感染患者は僕がパリに到着した前日にはじめて確認された。その時はまだ、これがその後の世界に何をもたらそうとしていたのか、僕はまだ何も知らなかった。

1ccのパリの空気

2020年1月26日

パリ二日目。今朝は6時に目が覚めた。今回はパッシーにある小さな屋根裏部屋を借りている。テーブルの横に窓があって、開けると外にはセーヌ川が流れている。クロワッサンをかじってコップ一杯の水を飲んだ。それから僕は窓から手を伸ばしてポリカーボネート製の容器を何往復か空気中に泳がせたあと、その蓋を硬く閉めた。

撮影をお願いしていたジョナスとはレストラン・レコックの前に2時に待ち合わせした。彼も数年前までは同じニューヨークに住んでいたが、少し疲れてパリに戻ってきたのだとか。僕が撮影に選んだエッフェル塔周辺はいかにも過ぎるくらい、観光的な空気の漂うパリ。でも産業革命のシンボルのこの鉄塔前で撮影することに僕は決めていた。

一時間程度で撮影は終わった。神戸からの知り合いのヴァイオリニストがリサイタルに誘ってくれていたので、メトロに乗ってモンマルトルへと向かう。リサイタルの後に今朝閉じ込めた空気の話をしていると、今はストライキで自家用車の交通量が増えたから空気汚染がひどいんだとフランス人のおじさんが教えてくれた。僕はこの街をバゲットを抱えて歩く人の姿が好きだ。チーズは美味しい。友人は音楽を演奏している。夜は皆んなでインドカレーを食べてからパッシーに戻る。玄関から見えたエッフェル塔はもう灯りが消えていたから、きっともう夜は深い。

昨年の12月、今プロジェクトのキューレターでもあるリウ・シンと僕がプロジェクトについてミーティングをした時、彼女は空気がなぜパリから運ばれてこなければならないのかと尋ねた。もちろん僕のいたニューヨークにも空気はあった。東京にもある。ロンドンにもある。このとき僕には二つの選択肢があった。ひとつは、特定の場所を与えないという選択。そしてもうひとつは、特定の場所を与えるという選択。どちらがより作品のメッセージ性を高められるかと考えた結果、僕は後者を選択した。第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)の舞台となったパリがフランスにある。各国の代表者たちが共有した場所の空気を僕は宇宙に持っていくことに決めた。

Marcel Duchamp, Ampoule Contenant 50 c.c. d’air de Paris/Ampoule containing 50 c.c. air of Paris, The Guaranteed Surrealist Postcard Series, postcard, print, 1937. Courtesy of Harvard Art Museum

CRS-20打上げ後にリリースされた記事のなかで、あるジャーナリストは僕の作品をマルセル・デュシャンへのオマージュだと指摘した。50ccのパリの空気は、デュシャンが1919年に制作した作品だ。僕の作品と彼の作品がパリという街を共有したことは偶然だけれど、現代に生きるアーティストが彼の影響を受けないはずはないと思っている。2013年、僕がアメリカにきた年、そしてまだアートなどに大して知識のなかった頃に、大きなショックを受けた作品のひとつであることに間違いはない。僕は彼のこの作品に「Everything(全て)」の存在を感じたからだ。制作の背景などは違えど、デュシャンの作品から101年後、パリの空気は2020年に宇宙空間を旅した。

Photos: A Sojourner 2020 pocket on the artist hands. Credit: Jonas Cuénin

Please Submit This to NASA (2020)

最初にNASAの担当者にアイディアを共有したとき、僕は容器は「空っぽ」だと説明した。

後日、担当者からもう少し詳しく説明して欲しいと電話があったので、僕は以下の文章を書き足した。「サンプル3は最初から意図的に空っぽにしてある。そこにはCOP21で気候変動を議論した会議出席者が共有したパリの空気が閉じ込められている。空気は2020年にサンプルする。液体はなし。」

僕らが地上にいるとき、空気についてあまり考えることはないだろう。また空気が何かと、人に説明することもあまりないだろう。地球上にある空っぽは決して、空っぽではないのです。NASAの担当者はそれを一番理解している人でした。

1月の中旬、僕はニューヨークのスタジオでリウ・シンと会い、他の2作品を先に手渡してからパリに持っていくポケット(作品が入る容器)を受け取った。それから早速パリ行きのチケットを購入した。滞在は3泊4日。ヨーロッパ行きのフライトはニューヨークを夜に出発するので、食事の後に一眠りすると朝ヨーロッパに到着する。JFK-CDGはわずか7時間程度。この時期はエコノミーなら往復するのに300ドル程度しかかからない。ニューヨークとヨーロッパは間に大西洋を挟むとはいえ、近い。またそれだけヨーロッパ人とアメリカ人の観光・ビジネス目的の往来が頻繁な路線なのである。2020年3月以降はパンデミックによって米欧間は基本的に国境が閉ざされているため、いまはアメリカに戻るアメリカ人とヨーロッパに戻るヨーロッパ人のために細々と運航が続けられている。僕のパリ滞在中の予定は以下の通り:空気の採集、記録写真撮影、ポンピドゥ・センターでボルタンスキー展をみる。火災にあったノートルダム大聖堂の様子をみる。いくつかギャラリーのオープニングに顔を出して、あとはパリの友人たちと時間を過ごす。

2020年1月28日

僕はいま、この日記をパリからニューヨークに戻る機内で書いている。さっき食事の際に配られたパンの包装フィルムには2つの日付が刻印されていた:08/22/2019 EXP 5/22/2020。つまりこのパンは昨年の夏に製造されて今年の5月までは食べられるらしい。これは何かがおかしい、と思うのが自然だと思う。

今朝は4時に起きた。ベットをきれいに片付けてからシャワーを浴びた。地下にゴミ出しをして夜明け前のエッフェル塔そばのバス停まで歩いていく。暗い時間にセーヌを渡る時に見た霧がかったエッフェル塔のシルエット姿が幻想的で美しかった。パリは雨の日にいい匂いがする。パリだけではなくて、雨が降っている日は大地の甘い匂いがするから好きだ。僕の周りには雨を嫌う人が多いから、雨の日に笑いながら傘を振り回す女性に出会うと僕は恋に落ち易い。バスの乗客は僕ひとり。空港につくとチェックインカウンターでトレーニング中の東欧系のお姉さんが笑顔で「SSSS」マークのついたチケットを手渡してくれた。(チケットにSSSSの表示があった場合、乗客は登場前に再度、細かい手荷物検査をうける。無作為に指名されるそうだが、実際のところはわからない。)「まぁいい。免税店で買い物をするお金はないし、時間はたっぷりある」と思った次の瞬間、パリの空気について聞かれたらどう説明するかと考えた。

Photo: March 22, 2020 at 23:38:46 UTC, Western Europe seen from the ISS. On the bottom left is London, in the center is Belgium, Netherlands and Germany and on the right is Paris at night. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center


パリ協定

9mm x 400mmのミノックスサイズ白黒フィルム30コマに記録されているのは:

1、パリ協定全文

2、パリ協定施行に関する全文

3、米トランプ政権が国際連合に通告した2020年11月4日を持って同国がパリ協定から離脱する意思を示した文書

4、1968年クリスマス・イブにアポロ8からウィリアム・アンダース宇宙飛行士が撮影した人類が初めて捉えた地球の出写真(NASA PHOTO ID: AS08-13-2329)


アメリカのパリ協定からの離脱は2020年米大統領選挙の翌日、11月4日に正式なものとなる。これまでに各国が排出してきた二酸化炭素量は、アメリカ25%、ヨーロッパ28カ国(英国含む)22%、中国12.7%、 ロシア6%、日本4%、インド3%(1751年から2017年までの累計)

パリ協定は参加国が長期目標「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする。そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる」ことに合意できた点においては、成功だったと言えるのかもしれない。ただ強制力は弱い。

地球温暖化を唱えてきた世界中の専門家たちは、少なくとも1960年代後半から声を挙げてきた。いまは21世紀。今年は2020年。既に50年以上の月日が流れている。また2017年データでは中国のCO2排出量は9,258トンと直近では世界一の座にある。その量はアメリカのおよそ2倍。これは確かに正常な状況とは言えないが、中国で生産される多くのものが他国で消費されている実態を考えると、僕は最終消費地にいる消費者の意識にも、大きな問題があるように思えてならない。

大気中CO2濃度と年間CO2排出量の推移 (1750-2019)

Data: NOAA ETHZ, Our World Data

過去8万年の大気中CO2濃度

Data: NCEI

Photo: AS08-13-2329, Earthrise taken on Christmas Eve of 1968 from Apollo 8. Credit: NASA


ロンギング・アンド・ビロンギング

無重力空間に持ち込まれた円柱形のマグネットは、地球低軌道上ISSの位置に関わらず、地球の北磁極・南磁極を指し示し、我々人類が地球に属することと、我々の遥か宇宙への憧れとを同時に表現する。


3月22日に宇宙飛行士が撮影した写真にパリを見つけて、僕は泣いた。

このビデオは宇宙飛行士が撮影した1,661の写真から制作した。アイルランド、イギリスの先に西ヨーロッパが広がる。最後は中東までの様子。Nothing, Something Everythingはこの時、ISSの中にあった。

2020-03-22 23:35:00 UTC
2020-03-22 23:48:49 UTC
平均高度 422.65km
平均時速 27589.73km/h



環境と僕

地球と自分の存在について

僕は1983年に日本で生まれた。父親の仕事の関係で出生地こそ東京になってはいるが、本当は島根県大田市の小さな病院で生まれた。母方の祖父母は農家で、静間という小さな町に暮らしていた。静間は文字通り、静かで穏やかな場所だった。地上は見渡す限り田園風景で、頭上には空しかない。外灯は間隔が異常にひろくて、夜は懐中電灯が必需品になる。近くの駅には一時間に一本程度電車がくる。祖母は路線が電化されてからもずっとそれを「汽車」とよんでいた。近所の人は皆顔見知りだったし、玄関に鍵がかかっていた記憶もない。水道も通っていたし、冷蔵庫もあった。だけどお風呂は五右衛門ぶろで、祖母が下で薪を焚べながら絶妙な温度調整をしてくれていた。お手洗いの様式は、だいたい想像の通りである。

1983

小学生時代を川崎で過ごした僕にとって、夏休みに静間へ行くのはちょっとした楽しみで自慢だった。祖父母は決して裕福とはいえなかったし、たくさんの苦労が刻み込まれたシワがいっぱいあったのを覚えている。だけど少なくとも、本当に必要最低限なものだけを持ちながら質素に、平凡に、それなりに幸せに生きていた気がする。僕が子供の頃、家は既に築100年以上経過していたから、くたびれた箇所もあったけれど(障子に穴を開けた犯人は僕だ)、夏は窓を全開にして空気の通り道を作り縁側に腰掛けてスイカをかじった。冬は掘りごたつを囲んでみかんを食べながら家族みんなで過ごした。野菜は畑から採れたし、お米も育てていた。そこに冷蔵庫、炊飯器、古い透き通った青い羽の扇風機、小さなブラウン管テレビだとか現代的なアイテムが何点かだけ加わって、それに見合う平凡な生活がそこにはあった。僕と兄は海で泳いだり、三瓶山に行ったり、用水路でザリガニを捕まえたりして遊んだ。そして石見銀山の町、大森にも時々遊びに行った。毎年夏休みが終わって都会に戻るのが僕は嫌いだった。あまりにも自然から離れた気がして、寂しくなったからだ。

僕の幼少時がどんな風であったか、説明するのに大分遠回りをしたかもしれない。ある人は僕が感傷に浸っていると言うかもしれない。だけど僕がここで言おうとしているのは、現代社会がどれほど自然と乖離してしまったかということだ。1983年生まれの僕の幼少期には、田舎にもそして都会にも、自然との接点がまだたくさんあったと思う。公園の砂場には子供がたくさんいたし、木登りをして怪我をするのも日常茶飯事だった。空き地がたくさんあったからバッタやカマキリも捕まえたし、秘密基地も作った。泥遊びも水遊びも、時にはこっそり火遊びもした。遊びだけじゃない。生活も、もっと全てが自然のそばにあったように思う。

環境学者が気候変動について話す時、彼らは二酸化炭素濃度の上昇、温度上昇、北極海の海氷、水位上昇、また最近は気候変動が引き起こす自然災害について話す。どれも個人の手には追えないような規模の話に聞こえる。そして気候変動はいつからか、政府間だけの問題であるかのようになってしまったように思う。だけど実際はどうだろうか。僕たちがいま生きて、現代的な生活を送っていることに、ライフスタイルに見直すべき箇所はないのだろうか。

人間、僕たちひとりひとりの存在は、生態系、そして気候変動に少なからず影響を与えている。自分が住んでいる場所、自分が食べているもの、自分が買うもの、自分が使うもの、自分が働いている会社や仕事、自分が選ぶ政治家、全ての選択が直接的か間接的に気候変動や環境問題に複雑に絡み合っている。だからそのひとつひとつの選択に、僕たちはもっと慎重である必要があると思う。大量生産と大量消費で商品の価格は確かに下がる。そのぶん出費が少なくて済むのは正直助かる。だけど少量生産で少し価格は高いけれど、もっと環境に優しいものだって世の中にはある。ただきっと、消費者が自ら意識的に努力して考えることを始めないと、広告代理店から出てくるプロパガンダ戦略に僕たちは簡単に飲み込まれてしまう。つまり全ての物事は複雑に絡み合っているということを、僕たちは意識して生活する必要があると思う。

※プロパガンダ=特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為の事。

僕は祖父母が暮らしたような質素な生活を推奨しているわけではない。2020年には、現代にふさわしい生き方があるべきだと思う。ただ自身の消費行動について、少し考えてみて欲しいと思う。僕は完全で世界的な行動変化がすぐに達成できるとは思っていない。だけど不要な無駄遣いや、不要な悲しみは無くすことができると信じている。

CO2の増加推移 (1970-2020)

Source: NOAA climate.gov

昨年の夏、僕がSojournerのアイディアを整理していたころ、義理の姉のお腹には赤ん坊がいた。その子供のおかげで、僕がMITメディア・ラボに選考のために提出したプロポーザルの内容は約15分で考えることができた。自分の中にあったアイディアとアイディアが彼の存在によって結びついたからだ。そこから何時間もかけて細かい調整を加えながら、言葉を磨き上げていった。

その頃僕は、その子が生まれてくる世界を想像しながら、自分がどう生きたいか、アーティストとして何を成し遂げたいか、考えていた時期だった。2020年、Sojournerに載せて僕が宇宙に送り出したのは、僕の甥や彼と同じ世代、それに続く世代が、喜びと幸せにつつまれながら、安全な環境で成長していける世界への夢と希望だった。そして地球に帰還した作品には、これからもそのメッセージを持ち続けて欲しいと願っている。

2020

司馬遼太郎が生前に書いた「21世紀を生きる君たちへ」というエッセイをご存知だろうか。自然と人間と社会の関わりについて、21世紀の世界を生きるこども達に向けて書かれている。1923年生まれの司馬は、戦争、そして戦後と、激動の20世紀を自ら体験してきた。また日本と世界の歴史の中に、絶望と希望の数々を見てきた人のように思う。

「君たち。君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。私は、君たちの心の中のもっとも美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のように輝いているように感じた。」

彼が未来を生きる子供たちに向けて使った「真夏の太陽」という言葉が、僕にはここ数年ずっしり重くのしかかっている。司馬は未来に希望を捨てなかった。大人が皆、自分たちがいなくなったあとの、次の世紀を生きる子供たちの未来を想像することができたら、世の中は少しづついい方向に向かうに違いないと僕は信じている。だから、どんな未来になっていて欲しいかを想像することを僕たちはやめてはいけない。


僕たちは1978年10月から継続して
北極海、海氷の衛星による観測データを持っている。
これは僕が生まれた日に発行された
北極東側の30日間海氷予想。

これは僕が生まれた日に発行された
北極西側の30日間海氷予想

これは僕が生まれた翌日に発行された海氷の分布図

ここ数年間、気候変動が自分自身の問題だと人に感じてもらうためには、何をすべきかとずっと考えてきた。それから僕が生まれた1983年の資料を集めている。自分が生まれてからの37年間に、地球にどのような変化があったのか見てみようと思ったからである。今ここに生きている僕、そして僕たちの存在が環境にどれだけの影響を与えてきたか、一度見てみることにした。自分の前に状況を提示されて、それでもまだ環境問題は自分には関係がないと言う人がいたら、なぜそう思うのか一緒に考えてみることによう。自分たちひとりひとりにできることは小さすぎると思ってはいないだろうか。何かを変えることもできるし、世の中や政府に対して、変化を求めるために声を出すことは自分たちにだってできるはずだ。

僕は過去約8年間をニューヨークで暮らしている。その僕が何か日本の状況について人に話すことはできない。だけどこの街に住んで、アメリカとヨーロッパの間で日々仕事や生活をしていると、気候変動について若い世代が活発に動き出しているのをよく目にする。学校ストライキで有名なスウェーデンの活動家、グレタ・トゥーンベリはよく知られるところだろう。最近一番印象的だったのは、ワシントン大行進の集会演説でキング牧師の孫がブラック・ライヴズ・マターについて演説する中、その子が「私たちの世代がクライメート・チェンジ(気候変動)を止めて、地球を守る世代になるんだ」と、環境問題に触れたことだった。人種差別の無くならない世界に立ち向かう強い意志を示した彼女が、そのような大切な場で気候変動にも言及したのである。このように、現代の子供たちの中にもたくさんの希望を見出すことができる。だが本当に、彼女たちと一緒になって一番動き出さなくてはならないのは、僕たち大人ではないだろうか。この地球上で生活している全ての人間である。

Source: National Snow and Ice Data Center, University of Colorado Boulder
北極海の海氷

北極海の海氷は毎年9月に年間最小値に達する。そして冬の間、また気温が下がるのに連れて大きくなってくる。1983年と2019年(現在データのある最終年)の年間最小値は 1983年が739万平方キロメートルに対して、2019年は432万平方キロメートルに減少。そしてこの変化は僕が生きてきた間に起きたのです。

Visualizations by Cindy Starr Released on March 13, 2018. Credit NASA Scientific Visualization Studio

北極海の海氷面積は来月には年間最小値に達し、観測史上最小値を更新する見込みだ。夏の海氷の面積は1980年代に比べて半分に減少しており、その質量は75%減少している。北極圏の温暖化は世界平均の約3倍の速さで進んでおり、ほとんどの科学者は氷のない夏の到来が避けられないことを認めざるを得なくなってきている。早ければ2035年にも海氷はなくなる。温暖化した大気だけが氷の減少を加速させているわけではない。海流と波が強まって氷を砕いている。今月発表された研究では、長い間湾内に閉じ込められていた北極海深部の熱が上昇していることによって、それが下から氷を溶かしている可能性があることが示唆されている。

サイエンス誌  28 Aug 2020:
Vol. 369, Issue 6507, pp. 1043-1044
DOI: 10.1126/science.369.6507.1043


温室効果(グリーンハウス効果)について人類が初めて気がついたのはもう200年以上前のことだ。アメリカのアマチュア科学者、ユーニス・ニュートン・フット夫人の実験は1856年に学会で夫人の男性同僚によって発表された。翌年、彼女自身の書いた研究報告がアメリカのサイエンス・ジャーナルに発表されている。

私の発見した太陽光線の与える影響が一番大きかった気体は二酸化炭素です。私は一つ目の試験管を通常の空気、そして二つ目の試験管を二酸化炭素で充し、以下の結果を得ました。

通常の空気

日陰

太陽下

26.7
27.2
26.7
27.2

32.2
34.4
37.2
37.8

二酸化炭素

日陰

太陽下

26.7
28.9
28.9
29.4

32.2
37.8
43.3
48.9

二酸化炭素が重鎮された試験管は、通常の空気が重鎮されたものより高い感度で、より熱くなりました。そして太陽光を遮断した後も、温度が元に戻るのに後者の数倍以上の時間を要しました。二酸化炭素は大気の温度を上昇させます。そしてもし歴史の中で二酸化炭素が現在より高い濃度で大気中に混合した場合、気温の上昇という結果が予想されます。

Eunice Newton Foote’s paper “Circumstances affecting the heat of the Sun’s rays” from the American Journal of Science (1857)

もう一度言う、この発見は1856年のことだ。


温暖化ガスによる大気の加熱状況 (1980-2019)

Source: NOAA climate.gov, data NOAA ESRL


地球低軌道

29日間48分のISS滞在 約1,930万キロの旅

Video: Sojourner Payload inside the ISS. Credit: Xin Liu, MIT Media Lab Space Exploration Initiative
Video: Astronaut Jessica Meir and Andrew Morgan preparing the Doragon spacecraft with return payload. Source: NASA TV
Photo: Inside the Doragon spacecraft with return payload. Credit: NASA

CRS-20 ミッション

SpaceXによるNASAのための国際宇宙ステーション補給ミッション

CARGO

宇宙飛行士用補給物資:273 kg
科学調査関連:960 kg
船外活動用機材:56 kg
ステーション・ハードウェア:219 kg
コンピューター関連:1 kg

貨物総重量:1,977 kg
加圧貨物:1,509 kg
非加圧貨物 (Bartolomeo Platform):468 kg

4月7日に1,678kgの帰還物資を搭載し大気圏に再突入。バハ・カリフォルニア沖合の太平洋に着水。

Photo: The SpaceX Dragon approaches the space station (March 9, 2020). Credit: NASA Johnson

03.06.2020 ケープ・カナベラルから打上げ

-00:38:00 SpaceX発射指揮者、燃料注入開始 Go-no-go
-00:35:00 RP-1 (ロケット・グレード・ケロシン)注入開始
-00:35:00 第1ステージ LOX(液体酸素)注入開始
-00:16:00 第2ステージ LOX(液体酸素)注入開始
-00:07:58 ドラゴン宇宙船内部電源に切替
-00:07:00 ファルコン9ロケット、エンジン冷却開始
-00:01:00 指揮系統フライト・コンピュータが最終の打上げ前確認
-00:01:00 燃料タンク加圧開始
-00:00:45 SpaceX打発射指揮者、打上げ Go-no-go
-00:00:03 エンジン点火シーケンス開始
-00:00:00 ファルコン9ロケット発射

00:01:18 Max Q (ロケットにかかる最大重圧点)
00:02:18 第1ステージ、エンジン燃焼終了 (MECO)
00:02:22 第1ステージ、第2ステージ分離
00:02:29 第2ステージ、エンジン燃焼開始
00:02:35 第1ステージ、ブーストバック燃焼開始
00:06:32 第1ステージ、突入燃焼開始
00:08:17 第1ステージ、着地
00:08:35 第2ステージ、エンジン燃焼終了(SECO)
00:09:35 ドラゴン宇宙船、第2ステージ分離
00:12:02 ドラゴン宇宙船、太陽パネル展開
02:19:00 ドラゴン宇宙船、ガイダンス、ナビゲーション、コントロール・ベイ・ドア開口

全てのタイミングはおおよそ (Source: SpaceX)

03.09.2020 地上約400キロ、ISSとランデブーそして結合

Photo: 03.09.2020, 08:53:03 UTC, SpaceX Dragon during its rendezvous to the ISS
Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center
Video Excerpt. Source: NASA TV
Photo: 03.09.2020, The SpaceX Dragon is attached to the space station Credit: NASA Johnson Space Center
Photo: 03.09.2020, NASA astronauts and Expedition 62 Flight Engineers Andrew Morgan and Jessica Meir are pictured inside the cupola, the International Space Station’s “window to the world,” shortly after capturing the SpaceX Dragon resupply ship
Credit: NASA Johnson Space Center
Photo: 03.09.2020, Expedition 62 crew members inside the SpaceX Dragon resupply ship
Credit: NASA Johnson Space Center

04.07.2020 ISSカナダアームから分離

Video Excerpt. Source: NASA TV

04.07.2020 太平洋にスプラッシュ・ダウン

Photo: SpaceX

地球という名の小さな宇宙船

CRS-20ミッション期間中にISSから撮影された地球

03.15.2020 関西圏
僕の両親はこの街にいた。

Photo: March 15. 2020, 11:49:06 GMT, Kansai, Japan. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

03.15.2020 東京
多くの友人はこの街にいた。

Photo: March 15. 2020, 11:50:01 GMT, Tokyo, Kanto, Japan. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

僕の愛する多くの人はこの地で暮らしている。

Photo: March 16. 2020, 11:03:00 GMT, Kanto, Chubu and Kansai Japan. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

Photo: March 16. 2020, 19:11:05 GMT, Kanto, Chubu and Kansai Japan. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

03.17.2020 ソウル
セイはこの街にいた。

Photo: March 17. 2020. 18:20:22 GMT. Seoul, South Korea. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

04.04.2020
ニューヨークはCOVID-19パンデミックの真最中だった。

Photo: April 4. 2020, 18:02:24 GMT, New York. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

04.04.2020 NYC
僕はこの街にいた。

Photo: April 4. 2020, 18:02:29 GMT, New York. Credit: The Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center

この視点から見るとき、
地球は宇宙空間に浮かぶ ひとつの小さな宇宙船。



Sojourner 2020は9チームのアーティスト達が制作した18作品の他に、その全体をひとつのアート作品と呼ぶことができる。僕たちはその中で、小さなポケットの中にそれぞれの想いやアイデアを閉じ込めて宇宙へと送り出した。僕はこのプロジェクトが、世界中から集められた国籍も性別もバックグランドも異なる多様なアーティスト達が、科学者やエンジニア、そしてMITメディア・ラボ、NASAなどの組織と合同で成し遂げたプロジェクトとして記憶されることを望んでいる。

9月9日現在、CRS-20ミッションを終えて私の手元に戻ってきた三作品は黒のペリカンケースの中に保管されている。その外側にはNASAの赤いステッカーが 「CRITICAL SPACE ITEM HANDLE WITH EXTREME CARE(重要宇宙アイテム厳重に取り扱うこと)」と表示してある。また後日、ニューヨークがCOVID-19から立ち直って街が再開した時には、ガラス・アーティストの広垣彩子さんに協力してもらってインスタレーション作品の制作に取り掛かりたいと思っている。そして完成した作品は、まず最初にどこかの幼稚園に設置させてもらおうと思っている。大人より先に、いまを生きる子供達の目線に触れさせるために。

また今後このプロジェクトについてお話しする機会があれば、日本国内であってもなるべく参加したいと思っている。パリに行くこと、そしてロケットを打ち上げることと、そこにはCO2排出の責任も伴う。僕のプロジェクトが成功だったかどうかは今後、作品と僕自身が世の中のために何をするかで決まるのではないかと思っている。

このウェブサイトは2021年7月までの予定で公開し、その間様子を見て内容を少しづつ増やして行けたらと思っている。

どうか皆さま、体調にお気をつけてお過ごしください。

2020年9月6日
Masahito Ono

2020年3月13日、ジェシカ・メイアNASA宇宙飛行士(サブタイトル有り)Source: NASA TV

GRATITUDE

Curator
Xin Liu
MIT Media Lab Space Exploration Initiative

Artists
Janet Biggs, Levi Cai, Andrea Ling, Erin Genia, Luis Guzman, Adriana Knouf, Kat Kohl, Xin Liu, Lucia Monge and Henry Tan

CSA
ESA
ISS National Laboratory
JAXA
MIT Media Lab Space Exploration Initiative
Nanoracs
NASA
Roscosmos
SpaceX
Everyone who was involved in SpaceX CRS-20 mission

Expedition 62 Commander
Roscosmos cosmonaut
Oleg Skripochka

Expedition 62 Flight Engineer
NASA Astronauts
Jessica Meir and Andrew R. Morgan

Families, Friends and Collaborators who helped me and supported me

Mariko Ando | Pablo Montealegre Barba | Mark Baumgartner | Stefan Barth | Mika Chen | Grace Cho | Kathy Cho | Jonas Cuénin | Sophia Diaz | Gershon Dublon | Ariel Ekblaw | Maya Enokida | Sarah Graves | Chris Hadfield | Ayako Hirogaki | Alfredo Jaar | Jee Eun Esther Jang | Kyoko Kasuya | Noriko Katayama | Jiyoung Kim | Maya Kogahara | Masako Kono | Birgitta Kumlin | Göth Kumlin | Grace Lau | Greg | Yooki Lee | Miwa Mangino | Reechal Mevada | Sueo Mizuma | Takeshi Miyakawa | Saori Moriizumi | Sachi Morimoto | Hajime Moriwaki | Hatsuyoshi Moriwaki | Kimie Moriwaki | Toshiro Nakamura | Soichi Noguchi | Tomomi Noguchi | Kawara On | Akiko Ono | Hirofumi Ono | Sei Ono | Shigehisa Ono | Yasuhito Ono | Yuka Ono | Se Yoon Park | Loure Poupard | Mineka Sugawara | Sao Tanaka | Tommy Voeten | Jeremy N. White | Ram Jung Woo | Wendy Wu | Feng Zhenting

Photo: The SpaceX Dragon is attached to the space station (March 9, 2020). Credit: NASA Johnson

Site last updated: September 20, 2020

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